私が精神科の大病院から今のクリニックに転院してもう5年くらいになるから、もうだいぶ昔の話となる。
そんなに昔の話でも、私には忘れられない一人の患者さんがいる。
その人は夏でも冬でも、いつも趣味の良いYシャツにネクタイ、
そしてスーツ姿を崩したことのない人であった。
背の高い、恰幅の良い方でどう見ても男性であった。
しかし、受付ではその人のことを「○○ 〇子さん」と呼ぶ。
その人は自然に「はい」と答えて受付に行く。会計もする。
私がいつもその人のことを気にしていたのに、
その人は私に一瞥もくれなかったから、
きっとすでに心から愛し愛される女性がおられたのだと思う。
年のころは48歳くらいであろう、
家から遠い病院なので私は時々遅れそうなときに仙人と一緒に車で出かけて、
待合室で小声で話してたりしたから、私を既婚女性と知って、
興味も持たなかったのだろう。
しかし私が見るにおかしなところはなかったし、
入院歴もなかったと思う。
たぶんカウンセリングを受けにこられていたのだとおもう。
身長は175センチ以上あった。
病院は前の古い建物では、玄関で靴を脱いで、
スリッパに履き替えなくてはならなかったから、
シークレットブーツは役に立たない。
「○○ 〇子さん」。
その名はもう脳裏に焼き付いている。
わたしとだけでなく、ほかの患者さんと話していることも、1度もなかった。
精神患者とは、一線引ひかれている感じだった。
いつもスーツの上着を脱ぐこともなく、端然としておられて、お仕事をしておられたのだろうが、どんなお仕事か見当もつかない。
仙人は、私がその人に興味を持っていることにさえ、気づかなかった。
きっと美しい奥さんがいらっしゃるのだろう。
彼のことをちゃんと一人の男性として、
心から尊敬し愛してくれる奥さんが。
私は女子高時代に憧れていた人を思い出していた。
彼の奥さんは勇気のある人だ。
二人で肩を寄せ合って、今世の中でLGBTと騒ぎ、認めるような時代のはるか昔から、
彼と彼女は寄り添って生きてきたのだろう。
私は病院を転院してもうその人に会うこともない。
あの人は今でもカウンセリングに通われておられるのだろうか。
そして安定剤を飲んでおられるのだろうか。
受付で名前を呼ぶのを聞かない限り、
誰も彼を女性とは思わない。
世の中には確かにそうした方々がおられる。
愛する人と肩を寄せ合って、時に襲ってくるであろう社会からの風も孤独も、
一緒に乗り越えていく。
その愛情関係は素晴らしい。
もうその人に会うこともなくなって、しんみりと彼を思い出す、
今日この頃である。